Diary

美しい番組にしたいな 「ようこそ 櫻の国へ」
2014年4月

東京MXテレビの新番組
「ようこそ 櫻の国へ」
~日本の美と技のカタチ~
プロデューサーを引き受けることになり、この二カ月は大忙し。

東京五輪に向かう時間の中で、日本の文化、歴史、芸術を描きたい。
歳を経るごとに、日本的なものへの憧れは強くなっている。

4月のテーマは仏教。
ロケは比叡山からスタート。
仏教の母、比叡山で修業した僧侶たち。
法然、親鸞、日蓮、栄西などなど。
みんな比叡山の学僧だった!
浄土宗も禅宗もみんな比叡山から生まれた。
青年僧が念仏や禅など独自の仏教世界を
開くまでのドラマチックな物語。

美しい番組にしたいな。

放送日 四月六日(日)スタート 
第一回  煩悩の海
第二回  青年僧は何を見たのか

東京MXテレビ 9チャンネル
毎週日曜日 午前6時45分
再放送  毎週土曜日 午前11時(092チャンネル)
放送エリア 首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)

たった一人の家電メーカー
2014年2月24日

BS11ジュピターの英雄のゲストは、たった一人の家電メーカーとして
注目を浴びている八木啓太さん。
現在三十歳。とにかく若い。
この番組が始まって二年が経つが、最年少のゲストである。
ちなみに私は、八木さんの出身大学である大阪大学の工学部で2000年頃、
講師を務めたが、その時はまだ高校生だったと聞き、唖然とした。
家電メーカーと言うからには、企画製造販売まで、
すべてをやり遂げなければメーカーではない。

最初の製品はSTROKE。目に優しいLED照明器具を作っての挑戦である。
製造は15の町工場に依頼。販売はネット。何から何まで一人でやる。
STROKEは性能も勿論だが、デザインもユニークだ。
電子工学、機械工学、デザインを懸命に学び、基礎を積み上げてからの挑戦であり、
富士フィルムという大会社を離職しての覚悟も持っての船出である。

プロジェクトXに毎回涙したと言う話も聞き、
是非とも成功して欲しいと熱き気持ちになった。

おもてなしって何だろう?
2014年2月10日

2020年、東京オリンピック開催の過程で象徴的な言葉となった
「おもてなし」流行語大賞にも選ばれた。
既に全国の観光地では日本一のおもてなしと言った標語も目立つ。
ところで、「おもてなし」とは、何を指すのだろうか?
サービスとはどう違うのか?明確に説明できる人間はどれほどいるのだろうか。
オンザウェイジャーナル「今井彰のヒューマンアイ」のゲストは
上田比呂志さん。元三越グァム社長で、現在は日本文化や作法の大切さを伝える
「縁かいな」の代表である。
上田さん曰く、おもてなしの概念は1600年頃、江戸でうまれた。
長い戦乱が終わり、江戸に集まった各地の人々が新しいコミュニティで生きるために
江戸しぐさが誕生した。江戸しぐさとは、例えば傘と傘がぶつかれば、互いが丁寧に謝る。
足を踏まれれば、踏んだ方は当然謝り、踏まれた方も怒らずに受け止める。
そうした譲り合いの精神性だと言う。
考えれば、現代の日本人が失いかけているものだ。
「おもてなし」が単なる掛け声に終わらず、オリンピックに向かう中で、日本人の精神性を
取り戻す機会になればいいと思う。

冬の能登半島
2014年1月27日

美味い魚を求めて、能登半島をぐるり旅。
冬場の天気は猫の目。
吹雪いたと思えば、晴れ間がのぞき、また雪が降る。
その変幻ぶりに惹きつけられる。
雷がゴロゴロと鳴ったら、寒ブリを食うべし。
古来から伝わる魚好きの言葉がある。
氷見、珠洲、輪島、能登半島はブリの聖地なのだ。
ブリは水揚げから数日間、熟成を待つ。

お刺身で頂く。うまみが凝縮し、甘く、脳髄を揺さぶる。
ブリしゃぶにすると、一瞬湯通しするだけで、半生になり、口内でとろける。
寒ブリのシーズンはあとわずか、能登半島へGO!

能登半島へ 清酒・白菊
2014年1月20日

すっかりはまっている日本酒、白菊。
風味が誠によろしい。
中国の大使館員が、帰国の際にお土産にする
人気となっている。
観光大使として、輪島市にある醸造元の白藤(はくとう)酒造を訪ねる。
家族経営の酒蔵を見学の後、お待ちかねの利き酒。
利き酒と言っても、プロは酒の品質を審査するが、こちらは素人。
奥様が出してくれる酒をただ楽しむのみ。
大吟醸、吟醸、にごり酒、生原酒、次々に出される酒の旨さに、
ほろ酔い気分になる。

白藤酒造は七年前に起きた能登半島地震で、壊滅的な被害を受けた。
他の酒蔵も同様の痛手を蒙ったようだ。
廃業か、継続かの厳しい二者択一を迫られ、蔵を新たに立て直す道を選んだ。
地方の酒蔵にとって、大きな借金となったが、情熱が天に届いたのだろう。
震災前の、二倍近い売り上げを記録する人気の酒となっている。
酒蔵では、後継ぎの若い夫婦が酒造りに打ち込んでいた。
二人とも東京農大で、酒造りの研究をした英才ということだ。
困難を乗り越えた人々の明るさに満ちた白藤酒造であった。

世界一美しいプラネタリウム
2014年1月14日

BS11ジュピターの英雄の対談はプラネタリウムクリエーター
大平貴之さん。
これまで2万の恒星を再現するのが限界と言われていたが、2200万個を
実現したメガスターを開発。爆発的な人気を呼んでいる。
プラネタリウム会場は長蛇の列になり、
家庭用に開発したホームスターは65万台を売り上げる驚異的なヒット商品になった。
対談場所は、船橋の港に係留されている南極観測船「しらせ」であった。
しらせの中で、メガスターの設置準備が行われていた。
実際に体験してみると、圧倒的な星の量が押し寄せ、自分が星雲の中に引っ張り込まれるような
感覚を覚えた。
世界一美しいと言われるのも頷けた。
開発者の大平さんによれば、美しいものを作ろうとしたわけではなくデーターに基づき、
より精緻なものを作ろうとした結果だという。
何事もそうであるが、本質を追いかける人々はやっぱり辿り着く地点が高いのである。

明けまして、おめでとうございます。
2014年1月7日

昨年の私の大きな出来事としては、
石川県輪島の観光大使に就任しました。
輪島塗に象徴されるインテリジェンスと日本海の魚種豊かな
味覚を堪能できる美しい町です。
是非、遊びに来て下さい。

また、小説「赤い追跡者」(新潮社)を出版しました。
情熱的な読者の方々に支えられています。

その他、番組プロデュース、大学の講義、講演、テレビ、ラジオの
出演など活動の機会を与えて頂きました。

今年は、小説の次回作、新番組のプロデューサーなど
予定は決まっておりますが、
何か一つ「新しいこと」に挑戦したいと願っております。
2014年、皆様と共に素晴らしい一年が送れますように。

企画に夢を乗せて
2013年12月24日

プロデューサー稼業をしていると色んな分野から企画の相談が持ち込まれる。
テレビ、ラジオ、出版、イベント、地域活性化などなど。
いつも思うのは視線の先だ。
世知辛い時代なので致し方ない面もあるが、足元を見ている企画も多い。
短期決戦で、もうけたいと思うもの。
何かがヒットしたので、その類似品的なもの。
労力を省いて、自分の都合で考えたもの。
残念ながら、心は躍らない。
人間はそれほど長い時間は頑張れない生き物だ。
まして、目先の利潤追求では必ず、手を抜き始める。
企画で一番面白いのは、夢がつなげることだと信じている。
こうしたら、もっと面白くなる。さらに、こうすれば、もっと魅力的になる。
そう語りながら、夢が膨らむ企画は、飽きることがない。
最初の企画がそのまま出来たとしても、それもまた面白くはない。
夢が、夢でなくなり、現実になってゆく喜びが、その企画に見いだせるのか、
それが要諦だと思うのである。

日本私立短期大学協会 全国大会講演会 岐阜
2013年12月16日

岐阜に行ったのは初めてかも知れない。
信長の天下取りの拠点であった岐阜城が金華山の上に
見えたが、あまりの山城に驚いた。

講演に集まったのは全国の私立大学の教授や学校運営者。
みんな真剣な眼差しであった。
短大は、新入生徒の減少による経営難に苦しみ、四年生への移行など
対応を迫られている。
またネット育ちの若い学生とのコミュニュケーションをどうとるのかも
悩ましい問題である。
講演において、それぞれの悩みはあるだろうが、人材育成という最も大事な
場面を担う覚悟を持って取り組んで欲しいと訴えた。

先生の中には、私のファンだという方もいて、サインを行う。
講演後、岐阜城に上りたくなり、金華山へ。
ロープウェイで五分であったが、そこから城まで不揃いな石畳がつづき足元が
ふらついた。聞けば、敵の侵入を防ぐために足場をわるくしたとのことであった。
作ったのは斉藤道三。なるほどマムシは用心深いと思った次第である。

岩手県花巻講演会
2013年12月9日

岩手花巻と言えば、現在は日本ハム大谷翔平君の故郷として有名になっているが、
やはり日本で最も愛されている詩人、宮澤賢治を生んだ町としての方が我々には印象深い。
花巻で岩手銀行と地元経済界の講演会に呼ばれた。
たいへん暖かく歓迎してくれたが、御礼にと宮澤賢治の「雨にも負けず」の創作時のノートを
複写した額を壇上で贈呈された。
贈ってくれたのは、賢治の子孫で、商工会議所の宮澤会頭だった。
たいへん感激した。
実は17年前、宮澤賢治の生誕百年を記念する特別番組の総指揮をとったのが私である。
また少年の日には文学部に所属し、賢治の【永訣の朝】の朗読などもやっていたのである。
幾つもの記憶が重なり、忘れられない一日となった。

田んぼオーナー制度
2013年12月2日

世界農業遺産に指定されている石川県輪島市の白米千枚田。
海に面した急斜面の千四枚の棚田だ。
田んぼのオーナー制度があり、契約すると年一度10キロのお米が送られてくる。
農業遺産の保護運動で始まったが、やはり現物は嬉しい。
老父より、「上げ田(棚田)のコメはうまいぞ」と教えられ、
食べてみると、
炊きたて、保温、冷えても、本当にうまい。
天日干しで、滋味を感じる。
お米は上質のコシヒカリだが、生育場所の力が大きいのだろう。
オーナーになりたい方は、輪島市役所に連絡すれば対応してくれる。
自分の田んぼには名札が立てられ、オーナー気分も味わえる。
元総理の小泉純一郎氏や進次郎氏の田んぼもある。
田植えや稲刈りも出来るが、遠隔地の人は地元の方がやってくれるので、
心配は無用だ。

沈金 前史雄の世界
2013年11月25日

石川県輪島の街中には、塗師作りの家が多い。
間口は狭く、奥行きは長い。
明り採りの中庭があるのが特徴だ。
テレビの対談があり、人間国宝の前史雄さんのお宅を訪れたが、
塗師作りの家で、出迎えてくれた。
人間国宝と聞くと、威厳に満ちた方なのかと、構えていたが
気さくなお人柄であった。
沈金は、器の表面に金の粉や箔を塗り込んでゆく技法である。
かつては蒔絵の方が格上の技法と捉えられた時代も長かったが、
養父である前大峰さんと史雄さん、親子二代の人間国宝が沈金への評価を
大きく高めた。
技法を見せてもらったが、彫刻刀で線を削る繊細さと、日本絵の構図の力がなければ
とても達することの出来ない世界であった。
前さんは本物こそが生き残ると揺るぎない信念を吐露してくれた。

人間国宝が二人もいる町
2013年11月18日

全国に漆器産地は幾つもあるが、重要無形文化財に指定されているのは輪島塗だけ。
良質な珪藻土を使い、木に布着せをするなど、堅牢な技法を駆使した事からその評価が高まった。
石川県立輪島漆芸美術館で、六百年の技の集積を見ることが出来る。
垂涎の品々が並ぶ。
観光大使になった私に学芸員の方が丁寧に説明してくれたが、それは
見事なものであった。
輪島は人口二万八千の町だが、人間国宝が二人もいる。
地方の町では考えられない事だ。
芸術院会員や日展の特選に輝いた職人も数多くいる。
輪島出身の人々と話していてインテリジェンスを感じるのは、
根底に輪島塗の文化があるからだろうか。

今度、BS11のテレビで、人間国宝(沈金)の前史雄先生と対談する。
全国放送。
放送は11月24日(日)BS11で午後6時10分頃。

彫刻は官能なり
2013年11月5日

新国立美術館で、日展に入賞した作品を見に行く。
五部門に分かれているが、彫刻のコーナーで足が止まる。
力感あふれる作品が、今にも動き出しそうだった。

昔、オーギュスト・ロダンの番組「神の手を持つ男。ロダンとその女たち」を作った。
カミーユ・クローデルとの悲劇的な愛や
美術界を震撼とさせたバルザック像の秘話、
老いてなお創作と女性への執着を見せる
彫刻の世界の怪物、ロダンの実像に迫ってみた。
ロダンの役は、今は亡き名優・三国連太郎さんにやってもらった。

人間の秘めた情念や欲望を炙り出す、彫刻は官能なりだ。

伊豆大島の災害を思う
2013年10月28日

一年間に発生する台風はおよそ八十。
そのうち、三十前後が日本及び日本近海を襲う。
日本は台風銀座のど真ん中にあると言っても過言ではない。
伊豆大島で大きな被害が発生した。
今年は台風の当たり年のようで、二次災害が起きないか心配である。
伊豆大島と言えば、プロジェクトXで三原山大噴火の話を放送した。
迫りくる溶岩流の中、わずか12時間で全島一万人の脱出を成し遂げた
助役さんの姿を中心に描いた。
伊豆大島は、災害への対策は鍛えられている自治体だという認識があっただけに、
今回の災害は残念でならない。
市長、副市長が出張中だったというマスコミ報道があったが、それが災害と結びついたのかは
関係者の話を聞かなければ鵜呑みには出来ない。
これ以上の被害が起こらない事を願っている。

ミュージックオリンピックの夢
2013年10月21日

ジャズ演奏家の支援をするNPO法人
日本音楽振興協会の理事をしている。
演奏家の生活は厳しいものになっている。
腕のいいジャズピアニストがアルバイトでスーパーの
レジを打っているというのも珍しい話ではない。
一年で二百万円稼げれば、かなりいいとも言われる。
日本人が音楽を聞かなくなったのは、ここ二十年と言われる。
音楽のない生活もわびしいものだ。
「今井彰のヒューマンアイ」のゲストで呼んだのは村井浩三さん。
長きにわたり音楽家の支援を続けてきた村井さんが提唱するのは
ミュージックオリンピック。
東京の各地区に世界からジャズ奏者を招き、音楽を通して交流を深め
同時に日本の音楽シーンに輝きを取り戻そうというものだ。
絵空事ではない。
すでに東京の三十のジャズのライブハウスを始め、多くの人が動き始めている。
東京が音楽で満たされたら素敵な事だと思う。

日本を代表する書家、杭迫柏樹(くいせこはくじゅ)先生と対談
2013年10月15日

京都藤森神社のそばにある杭迫先生のお宅で対談。
先生は、書の世界における日本の宝のお一人。
日展特選二回を始め、その経歴を語れば限りはないが、
その書は雄渾である。
筆入れと、直線の切れは見事で、澄み渡る書だ。
藤森神社にある舎人親王の碑文も先生の筆によるものだ。
(舎人親王は、日本書紀を作った人で、日本最初の歴史書の編纂者として
学問の神様とも言われています)

先生は、七十九歳の今も、朝四時に起きて一日百枚の臨書をすると言う。
名人はみんな鍛練をかかさない。

聞けば、私が観光大使をしている輪島に去年だけで十度近く訪れ
漆芸の専門家と交友があるとのことだった。
書と輪島漆器のコラボも面白いな。
(ゆべし・輪島の名物菓子が好物だそうです)
後日、先生の書と私の小説を交換することになったが、これは
どう考えてもまずい。
私のへたな字のサインを日本を代表する書家に見せるのかと思うと、恥ずかしい。
子どもの頃書道を真面目にやればよかった。

石川県輪島市  輪島観光大使に就任
2013年10月7日

観光大使は地元出身の有名芸能人がやるものだと思っていた。
議会の承認もいる重要な役目であると初めて知った。なりたくても、なれるものではない。
その地域の観光や産業の発展に役立って欲しいと言う願いがこもっている。
私を選んでくださって、光栄だ。

就任式は輪島市庁で、取材陣に囲まれ行われた。
輪島は、日本最高の漆器と曹洞宗の名刹などインテリジェンスがある。
海と山の豊かな食材がある町でもある。
そして、
「能登は優しや、土までも」
と言われるほど、みなさんお人柄がよく、癒される。

なんて素敵な町の観光大使に選んでくれたのだろう。
観光大使として、輪島の魅力を発信していこう。

商売の天才 高級食材の価格破壊 俺のシリーズ
2013年9月30日

BS11ジュピターの英雄の対談は俺の株式会社代表の坂本孝さん。
「俺のフレンチ」や「俺のイタリアン」で
爆発的な人気を呼んでいる。
開業からわずか二年で銀座八丁目にニ十店舗。
凄い行列だ。
蒸し焼きにしたでっかいアワビに、ウニやサザエが山盛りで入って1000円台。
マツタケを鱧(はも)で贅沢にくるんで1000円台。
高級食材をおしげもなく使い、価格は三分の一ぐらいか。
確かに、価格破壊である。
合言葉は「じゃぶじゃぶ」食材に思いっきりお金を使え。
坂本さんはブックオフの創業者。
商売の天才なのだ。
銀座の次は全国に展開するのかと聞くと、彼は笑った。
「ニューヨークとパリで、世界の一流店をやっつける」

人生初の書店廻り 一日六店舗
2013年9月24日

池井戸潤さんや百田尚樹さんもやっている。
今や書店廻りは小説家の必須作業。
遅まきながら、私も新潮社の編集者と「赤い追跡者」
の宣伝に都内六店舗を廻った。
生まれて初めてだ。
電車で次々に移動。
各店に滞在できるのはおよそ20分前後しかない。
ポップと呼ばれる手書きの本の宣伝札を渡す。
本にサインをし、店長や書店員たちと記念撮影。
私の本が一番売れている浜松町の文教堂を皮切りに、
東京駅の八重洲ブックセンター本店、池袋のリブロ、
紀伊國屋書店新宿南店、紀伊國屋書店渋谷店、
丸善&ジュンク堂渋谷店。
店長や書店員の方がとても親切で楽しかった。
小説が売れない時代だ。
書店と出版社と小説家は、
運命共同体なのだ。

創造くまもと講演会
2013年9月17日

一年も前から熱心に誘って頂いた創造くまもとの講演会に行く。
熊本の地元名士や熊本商工会議所の女性会が中心になって、
講演会を行ってくれた。
場所は市民会館。
千人あまりの観衆が大声援で迎えてくれた。
終了後はサイン会。
皆さんと固い握手が出来た。
地方は暖かい。
東京オリンピックの開催が決まったが、東京の一人勝ちではなく、
地方も潤って欲しいと切に願う。
翌日は主催者の皆さんと大阿蘇山をドライブ。
阿蘇山に中にいると濃い緑に癒される。
観光資源としては世界屈指だと、今更ながら思う。
また熊本に行きたい。

最も深く大きな愛を持った人
2013年9月2日

FM全国32局ネット「今井彰のヒューマンアイ」のゲストは、
青少年福祉センターの長谷場夏雄先生。
戦後一千人の孤児を育てた伝説的な児童福祉家だ。
昭和32年、行き場を失った孤児四人を救うために
教師の仕事を投げ打ち、四畳半で共同生活をスタート。
無償の愛を貫いた人生だ。

何度もお会いしていますが、長谷場さんと話すと歪んだ背骨が矯正され、
清冽な水が心に流れ込んでくる気がする。
青少年福祉センターは半世紀を経て老朽化が進み、立て替え計画が
持ち上がったが、東日本大震災が起きた。
長谷場さんは「被災された方の家の復旧が最優先」と計画を延期した。
それから三年、センターの老朽化はひどいもので、窓枠すら嵌らない部屋もある。
さらに建設資材の高騰で、深刻な資金不足が起きている。
日本社会が見捨てた子供たちを救うために人生をかけてくれた長谷場夏雄先生。
深く大きな愛に報いるために何が出来るか、
日本人の一人として、我々も考えなければいけないと思う。

「日刊スゴい人」に掲載される。
2013年8月26日

登録者4万人のメルマガ「日刊スゴい人」
毎日リレー形式で、多士済々な方々が登場する。
政界、実業界、スポーツ界、芸能界などなど。
革新的なことをした人に焦点を当てている。

書籍にもなりアマゾンで一位。愛読書にしている人も多い。
リレー方式なので、登場した人は誰かを推さなければいけない。

私を推薦したのはデジタルカメラの開発者末高弘之さん。

十年来の友人だ。

過去の顔ぶれを見ると、本当に凄い人がずらっと並んでいる。
私でいいのかな?
と思いつつも、取材を受けた。
無料メルマガなのがいい。

私が推薦したのはICカード開発者の日下部進さんだ。

http://sugoihito.or.jp/2013/08/6976/

ラジオ局巡り
2013年8月19日

「赤い追跡者」(新潮社)の話をするためにラジオ局にゲスト出演している。
著者が書斎に籠って、本の販売の結果を聞くなど甘い事は通用しない時代だ。
百田尚樹さんは売るために著者は全力を尽くせと説いている。

峰竜太さんが帯でパーソナリティを務める「ミネスタ」にゲスト出演。
「赤い追跡者」の事や、テレビ界の現状分析などトーク。
峰さんのお人柄か、アットホームな雰囲気だった。

続いて、文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」に出演。
収録を文化放送で行った。
寺ちゃんこと寺島尚正さん、文化放送の人気アナウンサーだ。
思いっきりソフトな話口ですが、受けの名人。
どんな話も柳のように受け止めてくれ、綿で包んでもらったような感じだった。
ラジオのアナウンサーの友達が何人かいるが、みんな本当にうまい。

ラジオ局巡りはまだまだ続きそうだ

週刊ポスト「著者に訊け!」8月26日発売
2013年8月12日

小説「赤い追跡者」が口コミで、徐々に話題に上り、
週刊ポストの特集コーナー「著者に訊け!」の取材が来た。
「著者に訊け!」は小説家の人間性や作品性に切り込んでゆく。
我々にとっては貴重な特集記事である長いインタビュー取材。
質問が奥深く、また読み込んできてくれていることに驚く。
その後、新潮社の屋上で、写真撮影。
一枚の写真を選ぶのに100枚ぐらい撮っただろうか。
色んなポージング、おっさんモデルになった気分。
販売部数が50万部の週刊誌。
実物より、いい写真が載ることを願っている。
8月26日発売予定の週刊ポストに掲載される。

能登に住みたい 石川県 輪島市長と対談
2013年8月5日

六月に輪島を旅して、町がすっかり気に入る。
紺碧の海、風情ある家並み、情の深い人々。
癒される思いがして、住んでみたいなと言う誘惑に駆られる。

FM32局ネット・オンザウェイジャーナル「今井彰のヒューマンアイ」に
輪島市の梶文秋市長をお呼びする。
市長になられて15年、とてもきさくなお人柄。
世界農業遺産の白米千枚田や海女たちの潜り漁、数々の神事
について語り合った。

輪島の千枚田は日本海に面した山の急斜面に作られている。

こんなところでも米を作るんだ。魂を鷲掴みにされる光景であり、食の意味を考えさせられる。
日本海は魚種も多い。

梶市長曰く、
これからはズワイガニがうまいとのこと。
行こう。

日本一の進学校 開成高校の超野球理論 青木メソッド
開成高校野球部の青木秀憲さんとテレビで対談する。
2013年7月29日

東大合格者数、32年連続一位。

それ以外にも慶応の医学部など医師になる者が多い。
東京荒川区にある開成高校は、偏差値78、日本屈指の進学校である。

今、この高校の野球部監督、青木秀憲さんが考案した野球理論の数々がビジネスマンの間で話題を呼んでいる。
弱くても勝てる。
青木メソッドのひとつを紹介すると、
守備練習をしないで、ひたすら打撃練習。
十点以上取る野球を目指す(九点取られても平気)
野球の強豪高校に少ない練習で勝つために、時間を配分する秘策。
その他にも劇画チックな理論が満載。
青木さんは元東大野球部、その後大学院でスポーツ理論を研究した。
ビジネス社会にも応用できる考え方がたくさんあった。

「赤い追跡者」(新潮社) 女性読者のみなさん
2013年7月22日

女性読者の感想です。
「私も読了。はらはらドキドキ、一難去ってまた一難。あっという間に読み終わってしまいました。事実に基づいていると思うと、ただ面白かった~とは言えない思いが残ります。そして今更ながら「ガラスの巨塔」も読んでいます。今となっては、主人公「西」は、昔からの知り合いのようです。」

表紙の印象から敬遠される方もいるでしょうが、強面で、難しい小説ではない。関西の人気ラジオ「朝からてんコモリ!」でも紹介してもらいましたが、女性からの問い合わせが圧倒的に多かった。

おそらく市場には二百万冊を超える本が流通している。
その中で、一冊に選んでもらうことは容易ではない。
しかし、読んでくれた人の声を聞ける、それもまだ顔も知らない人の声を聞けると思うと、また書きたいと湧き上がる気持ちが起こってくる。

「世界が憧れるチャンネル」開局ゲストで呼ばれる
2013年7月16日

新しく開局したネット番組「世界が憧れるチャンネル」にゲストで呼ばれた。
アナウンサーの子守康範さんと二人で、トークに参加。
MCの女性(杉山千明さんと佐藤和泉さん)が初々しかった。
「赤い追跡者」(新潮社)のことも大きく紹介してもらった。

先週もお伝えしたが、ネット番組の勢いは止まらない。
誰もが自分の番組を持つことが出来る。
テレビに求めているものが大きく違ってきていることを感じる。
一昔前までは、テレビの世界も作品性や、中には芸術領域だと信じていた者もいた。
今やザッピングの時代で、リモコンを手に烈しくチャンネルを替える。
これにネットも参入すれば、もはやテレビに作品性などとは言っていられないだろう。
情報のツールとしての位置づけになってしまったのかもしれない。
総体として言えば、映画や小説が、作品性、芸術性の場として踏みとどまって欲しいものである。
このネット番組いかなる手間がかかるのか、私も一度試してみたいと思っている。

http://www.youtube.com/watch?v=NDGmCiU_7cQ
「世界が憧れるチャンネル 第二部ママトコ広場」

ニコ生&USTREAM「梶原放送局」に出演
2013年7月8日

「赤い追跡者」(新潮社)を出版し、その話題で、ニコ生&USTREAMの「梶原放送局」に出演した。
アナウンサーの梶原しげるさんと放送作家の伊東雅司さんとご一緒。

我々の時代にはネット中継など考えることもなく、まして時に200万人が見るなど夢物語であった。時に、BS局よりも多くの人が視聴するのだから、驚きである。

梶原しげるさんは文化放送の名アナウンサーとして知られ、フリーになってからは著作も多く出されている。
話のメリハリ、声の使い方など、さすがに名アナウンサー。
田原総一朗さんが「赤い追跡者」のことを新潮社の雑誌の波に書いてくださり、そのこともトークの話題に盛り込んでくれた。
一時間半あっという間。
当日の模様は過去のライブで見れます。
 http://ustre.am/xrI0

新潮社出版部部長は女性、オーラ溢れる中瀬ゆかりさん
2013年7月1日

「赤い追跡者」(新潮社)を出版したこともあり、JFNオンザウェイジャーナル
(FM全国32局)今井彰のヒューマンアイ(7月2日放送)で、新潮社の中瀬ゆかりさんと出版界の今後について対談。
女性で老舗出版社の部長、相当な手腕がないと出来ないだろう。

オーラが溢れ、速射砲のように頭の回転がいい。

パワーにも圧倒される。

それもそのはず、山崎豊子さんや村上春樹さんを相手にしているのだから、生半端な事で務まる仕事ではない。

出版業界は1996年がピークで二兆七千億円。
それから一兆円も売り上げが減っているそうだ。引き金は、消費税の五パーセントの導入だった。

消費税は怖ろしいものだ。景気を一気に冷え込ませる。私は増税は先送りにすべきだと思う。日本には、増税に対処できる体力はない。

厳しい状況にある出版業界であるが、いい小説はかならず売れると言う信念を中瀬さんは持っていた。我々小説家にとっては、ありがたいし、励みになる。老舗出版社として、小説文化を後世に伝えると言う心意気も気持ちよかった。

「赤い追跡者」(新潮社) 出版。
2013年6月24日

帯は報道サスペンスとなっている。
サスペンス小説と位置付けられているのでしょう。

田原総一朗さんが「推理小説よりも面白い」と帯に書いてくれた。

「赤い追跡者」(新潮社)を書き上げるのに、足掛け三年余り。
前作「ガラスの巨塔」以降、次の小説はまだですかと多くの方から声をかけて頂きながら随分時間がかかってしまった。

小説家の体質になるための時間と言い換えてもいいかもしれない。

かなり多くのものを捨てなければ、小説は書けないということを思い知った。

今後は小説家稼業に傾斜していければいいのだが、困難な道だ。

スーパーガール、小島智子さん
2013年6月17日

アメリカンフットボールの最高峰NFLで八年間チアリーダーを務め、
日本人女性初のキャプテンになった小島智子さん。
BS11テレビ「ジュピターの英雄」のロケで会った。
今まで思っていたチアリーダーのイメージは、ポンポンを持って踊るお嬢さんたち。
小島さんは、全く異次元のスーパーガールだった。
ド迫力のダンス。前に、前にからだを突き進める強さに、呆然とするほど感動した。
ボディは無駄な肉が一切なく、健康な魅力にあふれていた。
こぼれんばかりの笑顔、おまけにTOEICは900点台。
世界標準の女性はかくも魅力的なのか。
その姿を私のフェイスブックか、テレビで見て欲しい。
先入観で決めつけてはいけないということを思い知らされた一日だった。

吉原芸者の飲みっぷり
2013年6月10日

新聞に最後の吉原芸者として知られる、みな子さんの記事が載っていた。
2010年に90歳で亡くなったみな子さんを記録した自主映画が昨日公開されたようで、DVDも発売される。
吉原芸者は神楽坂や赤坂の芸者衆よりも歴史が古く、芸事も一番うまいと言われている。
みな子さんも後年は、色んなところに指導に廻っていたようである。
実は、みな子姐さんとお座敷を一緒にしたことがある。
なに、芸者遊びをしていたのか、そう思われる方がいるかもしれない。
残念ながら、そのような余裕も粋もない。
吉原の文化財的な置屋が取り壊されることになり、その最後のお座敷を記憶にとどめてほしいと知人に呼ばれたのだ。
幇間の芸や、芸者さんたちの踊りの後、真打格でみな子姐さんが登場。
三味線のバチ捌きも、やや低音の渋い唄いもよかったが、何より見惚れたのは飲みっぷりだ。
もう86、7歳だったと思いが、盃を水のようにぐびりぐびり。
聞けば、芸者さんはお酒が弱いと、とてもつとまらないそうだ。
新聞を見ながら、あの見事な飲みっぷりを思い出していた。

安土桃山時代の名器、小鼓を打つ。
2013年6月3日

JFNオンザウェイジャーナル(FM全国32局ネット)今月の「今井彰のヒューマンアイ」ゲストは歌舞伎囃子方で、小鼓奏者の望月一左さん。
11歳の時に人間国宝の望月朴清に弟子入りされ、歌舞伎や能の囃子方として活躍中である。
囃子方の人と、話す機会はそうあるものではない。

先日、とあるパーティで、望月一左さんの小鼓を聞いた。
ハープの奏者とのセッションという斬新なものであったが、一左さんの小鼓の音が素晴らしく、また掛け声(歌舞伎などでしばしば発せられる)が哀切を帯びた響きを持っていた。
一左さんに話をうかがうと、小鼓の音は心臓の鼓動の音を表しているのだと言う。
生命の源の音だ。心に響くのも道理である。
また掛け声は、師匠より、民の思いになって発声せよと教えられたらしい。
つまり、農民の嘆きであったり、町人の歓びであったり、時代を生きた人の思いを理解する作業から始まると言う。
スタジオに安土桃山時代から伝わる小鼓の名器を持ってきてくれた。
邦楽のストラディバリウスと言えばいいのか。運命がないと出会えなかった小鼓で、数多くの名人が叩き続けてきた貴重な品であった。おそらく家の一軒ぐらい買えるだろうと思われる。
歌舞伎の囃子方は、小鼓、大鼓、太鼓、笛に分かれる。
その中で小鼓はリーダー役、いわばコンサートマスターの役割を兼ねることも初めて知った。
日本の伝統芸能の奥行きは極めて深い。そのことを再認識した。

タクシーに見る景気回復
2013年5月27日

株価が激しく乱高下しながらも次のステージへと上っている。
このままいけば2万円台もそう遠くないかもしれない。
リーマンショックで金融資産を大幅に失った富裕層は何十パーセントかを回復しただろう。
長い間、金不足で喘いでいる日本の市場のためにはいい事かも知れない。
だが、まだ景気回復の実感は一部の人のものでしかない。
一般サラリーマンの給料が上がったと言う話は聞かないし、レストランなどの客が増えたと言う
ニュースもない。
景気回復の象徴がタクシー運転手の運収だ。
現在、東京のドライバーの1日当たりの運収は四万円台の後半らしい。
バブルの頃は1日七万ぐらいもあったと言う。
昔のようにチケット乱発と言う訳には行かないだろうが、懐具合が暖かくなれば、自然とタクシー利用は増える。
タクシーの運転手の運収は景気回復を見る生きた指標なのだ。
残念ながら、どの運転手さんに聞いてもまだ運収は増えていないと言う。
実態経済に下りてくれば景気回復も本物だが、まだまだなのだと考えている。

五分と五分の関係
2013年5月20日

ビジネスにおいて、重要なのは五分と五分の関係である。
お得意様だから、あるいは相手の会社が大きいと、人はへりくだり、機嫌を取り結ぶことに一生懸命になる。
お金を頂くのだからいいなりになるのもおかしな話なのである。
ただでお金をもらっているのではない。
自社商品やサービスを提供する対価としてのお金である
こうした隷属関係は、長続きはしない。
飽きれば、さっさと乗り換えられる。
目下のもとして扱われているのだから余計に早い。
大事なのは、信頼関係だろう。
人間力として、言い換えてもいいかもしれない。
相手があなたの能力や人柄を評価すれば、関係性は変化してゆく。
やがてはあなたに相談を持ちかけて来たりする。
そうなれば、縦下の関係でなく、五分と五分の関係が構築される。
本当の商売は、そこからなのだ。

奇跡の糸フーガの物語
2013年5月13日

糸メーカー・佐藤繊維の社長で、糸作家の佐藤正樹さんとテレビで対談。
2009年、オバマ大統領の就任式で、ファーストレディになったミッシェル夫人が最初に着たのは黄色いカーディガン。
その風合いの美しさに世界中がため息。繊維業界は騒然とした。
不可能と言われていたモヘアの糸が使われていたからだ。
嬉しいことにメイドインジャパン。それも山形の小さな繊維メーカーが作ったものだった。

アンゴラヤギからとれるモヘアは、アルパカ、カシミアと並ぶ世界三大高級毛。
その中で、モヘアは絹のような輝きを持つが、あまりに滑らか過ぎて、単独で糸にすることは出来ず、ウールを混ぜていた。
佐藤さんはモヘアだけで世界で一番美しい糸を作ろうと決意した。

そのために最高のアンゴラヤギを探して九カ国を旅し、南アフリカで運命のアンゴラヤギを
見つけた。
自社の技術を使い作り上げた糸の名は「フーガ」
佐藤さんが工場を継いだとき、繊維産業はどん底。九割が廃業するという状況だった。
下請けから自社製品を作ろうと一念発起。
フーガを始め2000種類の糸を作り、現在世界のスーパーブランドが佐藤繊維の糸を
使っている。

日本は低価格競争の世界に入れば負ける。ほとんどの産業が、この安売り合戦の中で消耗しているのだ。

技術力とクリエイティブな発想がなければ活路は開けないのだと思う。

執念の鎌倉シャツ
2013年5月6日

メイドインジャパンは、やはり響く。
鎌倉シャツの創業者、貞末良雄さんと対談。
高級シャツの条件を教えてもらいました。
その一。
綿1グラムから糸160メートルが取れる。
つまり収縮性のある生地でなければいけない。
糸には品質順に番号がついており、80番以降の糸でないと
肌触りのいいシャツは出来ない。
その二。
三センチの間に24針縫わなければいけない。
細かい縫い目がナチュラルな着心地を約束してくれる。

鎌倉シャツはメイドインジャパン。
日本の工場で、日本の職人が縫っています。
殆どの衣類が中国の工場生産の中で、
希少価値があります。
ちなみに、中国で縫えば、三センチ当たり七針から十針です。
この手間をかければ、普通は2万円はするでしょう。
鎌倉シャツは4900円です。
驚きです。
メイドインジャパンと廉価へのこだわり、感服しました。

『あなたに ありがとう』
2013年4月29日

河島英五さんの「酒と泪と男と女」は素晴らしい歌で、カラオケの定番にしている人も多い。
歌いこなすには人生経験がいる。
私も歌ったことがあるが、決して音程が難しいのではない。
人生の起伏を込めないと、悲鳴のようにもなる。
没後12年になる。
まだ四十代でお亡くなりになったとは思ってもみなかった。
河島さんの遺作ともいえる歌が、発売になる。
「あなたにありがとう」だ。

生前親交のあった子守康範さんに贈ったものだ。
子守さんは、関西の人気ラジオ番組「子守康範 朝からてんコモリ!」のパーソナリティである。
作詞は河島さん、子守さん、曲は河島英五さんが書いた。
そしてアレンジは何と河島さんの娘さんが担当した。唄は子守康範さん。
聴いてみたが、いい歌だ。語り過ぎていない。
毎日100枚を超えるペースで売れているらしい。まだ発売前なのに。

■子守康範『あなたに ありがとう』 特設サイト
 http://intelligentv.co.jp/cd

大阪の講演会
2013年4月22日

講演会は世間の景気を映す鏡のようなものである。
不景気になれば、壇上から見る人々の顔は暗い。
会場を覆う空気もどんよりとし、反応も鈍い。
主催者も悲痛な顔で講演会というイベントを決行している場合も多い。
地域によってもかなり違う。
バブル崩壊以降、講演会をやって一番反応があったのは名古屋だった。
日本のリーディングカンパニーのトヨタを始め、関連企業が好調だったせいもあり、
名古屋と周辺地区の講演会に行くと盛り上がっていた。
東北、北海道に行くと、みんな真摯に聴いてくれるのだが、明るくはなかった。
先日、久しぶりに大阪で講演会を行った。
定員300名の会場だったが、申し込みが殺到し、百名増の400名となった。
ひとつひとつの話に、皆が笑い、反応し、いい時間を過ごせた。
リーマンショック以降、こんな明るさはなかった。
景気は回復しているに違いないと、会場で話しながら体感したのである。

新学期始まる
2013年4月15日

大学の新学期が始まった。 履修するかどうかは、学生次第だが教室は一杯になった。
新しい講義内容として「戦後女性産業論」を行う。
敗戦後の日本で、女性たちがいかに自分たちの立場を獲得していったのか、
産業の裏側で奮闘した個々人の女性にスポットをあてながら考えてゆきたい。
大学の教授も二年目になると色々と覚える。
一年目は黒板の使い方。
効果的に、ワードを書いて、みんなの視線を集約させる効果があることに気づいた。
右手が腱鞘炎なので、字を書くのはややつらいが。
二年目はプリントを使おうと思う。
口頭では限界がある。
授業の要点をプリントしてみた。
みんな熱心にプリントを参照していた。
いい授業をやるためには、様々な準備が必要だ。
手間は相当かかるが、自分のためにも手抜きは出来ない。

七年ぶりの大腸内視鏡検査
2013年4月8日

この世の幸せ度数で言えば、健康に勝るものはない。
富も地位も家族の団欒も全てが健康の土台の上にある。
体が不調であれば、喜びは半減、あるいは台無しになる。
十年前、大腸から出血が見られると診断され、内視鏡検査を勧められた。
知り合いが、ある大手の病院で、内視鏡を挿入したが、地獄の苦しみであったと聞いた。
家人が痛くない事を謳っている内視鏡専門クリニックが、東大の赤門前にあると調べてきた。
恐る恐る行ったのだが、本当に、無痛であった。
麻酔でうつらうつらしている間に、気づいた時には終わっていると言う案配であった。
ただし、ポリープはごろごろ見つかった。
幸い良性のもので、その場で切除。
五年経ったらまた来てくださいと言われたが、延び延びになってしまった。
このクリニックは、施術中映像を見せてくれるので、自分の腸内がどんな有様か、
その場で見れる。
ある種不気味で、ところどころ鮮やか桃色だったりする。
今年の結果は、小さなポリープが一つ見つかり、その場で切除した。
放置すると癌化する可能性があると言う。
ある年齢になったら、五年に一度は、大腸内視鏡検査を受けたほうがよい。

ICカードの開発者と会う。
2013年4月1日

3月23日から全国でスイカやパスモなどの相互利用が始まった。
142カ所の交通機関やデパートでも使える。
ICカードの始まりは荷物の仕分け用のタグの開発。
それがカード革命へとつながった。
この十年の日本の技術開発の中で最も市場性があると思う。
ICカードの開発者・日下部進さんにオンザウェイジャーナル「今井彰のヒューマンアイ」のゲストに来てもらった。
日下部さんとは、飲み友達である。
日本最高峰の技術者でありながら、奢ったところなど全くない。
研究者あるいは芸術家のような感じの人だ。
独創性のある人は、個性は全く違うのに、不思議と雰囲気が似ている。
実はICカード・フェリカは日本で認められたものではない。
香港の競争入札に参加し、オランダのマイフェアカードと激しく競い、勝ち取った。オクトパスカードと名付けられた。タコの足のように、観光都市香港を闊歩できる。
ICカードは香港の成功の後、日本に逆上陸した。
日本の市場はよく言えばクオリティ重視、冷たく言えば新しい技術の受け入れに臆病だ。
それが日本の閉塞感につながっている。
日下部さんは現在、ソニーを辞め、新たなICカード開発の会社の社長として、先頭に立っている。
間もなく、未来を先取りしたすごいICカードが皆さんの前に登場する。

宝塚を蘇らせた伝説の演出家
2013年3月25日

BS11報道プレミアム「ジュピターの英雄」ゲストは宝塚特別顧問の植田紳璽さん。
あのベルサイユのばらの脚本家・演出者です。
宝塚は来年で100周年。
一世紀となれば、これは文化と言える。
その道のりは決して平たんではなかった。
戦時中には解散になり、戦後は劇場を接収された。
戦後はスターたちが映画に大量に引き抜かれた。
1970年代、宝塚は不入りで、客が二割に満たない日もあり、「今日も看護師が来ている」と言うジョークさえ交わされていた(空席だらけで、椅子の白いカバーが目立つというジョークです)。
まだ三十代の脚本家植田さんが目をつけたのが「ベルばら」。
... しかし、脚本家は原作ものさえ嫌う世界で、オリジナルしか認めない職人気質の世界だった。
... また少女マンガなど、とんでもないと言う上層部の反対もあった。
それらを押し退け実現させた「ベルばら」。
後はご存じのとおりです。
日本の構図ですが、保守的なものを誰かが破らないとブレイクスルーは生まれないですね。

日本女性産業論
2013年3月18日

大学の新学期がもうすぐ始まる。 新たな講義なのだが、日本女性産業論をやってみようと準備をすすめるつもりだ。
戦後の産業界に女性が果たしてきた役割とその登場人物について考えてみたい。
客観的に言えば、女性が産業の表舞台に出たケースは少なく、また関わった仕事も決してリーダー的なものではない。
だが、極めて重要な役割を裏方としてこなしてきたことは殆ど知られていない。
戦後の産業で言えば、ダイニングキッチンの設計にあたったのは女性の建築士である。
電気釜の開発にも大きなかかわりを持った。
また女性たちの権利を獲得した男女雇用機会均等法も女性官僚たちが勝ちえたものである。
実のところを言えば、日本の女性進出はまだ全く不足している。
女子の能力を十分に使っていない。
台湾などは管理職全体に占める女性の割合は、ほぼ半分である。
一部の肉体的な労働を別にすれば、男女に能力差はないのだ。
女性たちがいかに権利を獲得し、産業に貢献し、未来に向けてどう生きてゆくのか。
そんな講義が出来ると素敵だと思っている。

太陽光発電の未来
2013年3月11日

原発事故以来、反対賛成の声が交錯したが、残念ながら代替エネルギーの議論はほとんど耳にしなかった。
情緒的な日本人らしさと言えばそれまでだが、エネルギーの事はそうは簡単にいかない。
今月のオンザウェイジャーナル「今井彰のヒューマンアイ」ゲストは、太陽光発電推進協議会の理事、赤川彰彦さん。
鹿児島のいちき串木野市で大規模な太陽光発電のプロジェクトを成功させた中心メンバーだ。
地元の酒造メーカーや進出した企業をまとめあげ、工業団地の屋根にソーラーパネルを設置した。
併せて3400キロワットの電気を確保する予定というから、なかなかの規模である。
住居にすれば1000軒ぐらいの電力をまかなえる。
太陽光はクリーンエネルギーだが、パネルを置いて、ハイ出来上がりと言うわけにはいかない。
変電設備にお金が相当かかる。
現在電力供給に占める割合は0・1%。
国は2030年までに、5・6%にすると謳っているが、具体策も予算も提示されていない。
数十兆はかかるでしょう。
日本のエネルギー政策には、コマンダーがいない。
エネルギーを確保するのは大変なことですね。

信念の教育者 中嶋嶺雄さん 逝く
2013年3月4日

国際教養大学の学長、中嶋嶺雄さんがお亡くなりになった。
去年の暮れに私がキャスターをしている「ジュピターの英雄」で対談してから二か月も経っていなかった。
信念の教育者だった。
元東京外語大学の学長。
大学改革に挑んだが果たせなかった無念を胸に宿していた。
日本人の国際力のなさを憂い、秋田に作った新設大学をわずか七年で、就職率100パーセント、TOEIC全員900点以上という大学に育て上げた。
国際舞台で戦う人材を養成するには、海外で揉まれなければ役に立たないと、一年間の海外留学を義務付けた。
その教育信念に魅せられ、多くの若者が都市の一流大学を選ばず、国際教養大学に飛び込んだ。
日本の若者たちに希望を見いだせる大学だった。
秋霜烈日という言葉が似合う人だった。
中国問題の著名な研究者であり、舌鋒鋭い批評の持ち主でもあった。
中国の過去と現在について、今度語り合いましょう、と言っていた矢先の突然の訃報。
たいへん残念だ。
日本はまた大切な人を失った。

南極に植物工場
2013年2月25日

キャスターをしている「ジュピターの英雄」のゲストに嶋村茂治さんを招いた。
嶋村さんは、南極の昭和基地に植物工場を作った研究者であり企業家でもある。
植物工場は1980年代、ブームになり、大手メーカー、
商社などが参入したが、みんな撤退した。
その中、低コストで、なおかつうまい野菜の生産に成功し、
その技術は南極の昭和基地に採用された。
無農薬、土壌汚染の心配のない水耕栽培と光合成で作る野菜は消費者には魅力的だろう。
野菜の残留農薬の問題は深刻で、中国本土では問題草。香港では毒草と言われている。
農家の大変さ、消費者の嗜好を考えれば、農薬を一切使うなとは言わないが、
あのサリンの原材料と
同じ農薬が使われていたりする。
健康の事を考えるなら、いい野菜を食べたいものだ。
嶋村さんの元には、モンゴルを始め世界各国からオファーが来ている。
栽培システムを丸ごと、取り入れたいという。
日本の農業技術が世界に雄飛すると考えるとワクワクする。
嶋村さんの時代が来ると思う。

エンディングノート
2013年2月18日

最近エンディングノートという言葉をしばしば耳にする。
高齢になった方が、人生の晩年に、書き残すノートの事だ。
法的な拘束力はない。
遺書とは少し違う。
よりパーソナルなものだ。
自分の身に万が一の事が起きた時に備える。
突然、亡くなるとか、判断能力を失うこともありえる。
必然なので、逃げてばかりもいられない。
目的はふたつある。
第一は、自分の人生を伝えたいという願いから生まれてきたものだと考えていいだろう。
今、エンディングノートを扱った映画がヒットしたり、様々な書籍も書かれている。
人間のDNAには、後世未来に何かを託したいという思いがある。
第二は、家族の負担を減らしたいと言うけじめだ。
これはなかなかつらい。
"自分は家族に介護を望むかどうか""延命措置はどう判断するか" "葬儀の在り方は…"。
高齢化社会のなかで、個々人にとってエンディングノート的なメッセージは必要な気がしてならない。

朗読のススメ
2013年2月12日

ビジネス社会を生きてゆくうえで、サラリーマンのプレゼン能力は不可欠なものだ。
自分の言葉の力が試され、ビジネスとして成就するかどうか、勝負どころは頻繁に訪れる。
同時にサラリーマン自身の格付けにもなってゆく。
しかし、人前で話すのが、苦痛となっている人は驚くほど多い。
仲間内ではおしゃべりでも、いざ人前になると萎縮してしまう人をたくさん見てきた。
テレビなどは、その最たるもので、スタジオに来た途端、普段とは全く違う話し方になってしまったゲストも大勢いた。
緊張を自分で呼び込んでいるのである。
不安の理由はいくつかあるが、日常においてほとんどの人は声を出していない。
アナウンサーや舞台俳優などは、訓練を受けており、慣習やメディアに向けて語る商売なのでお腹から声を出せる。
一般人がプロのように、話すのは無理だが、自分の声を出すことの怯えは振り払ったほうがいい。
それには朗読が一番だ。
一日十分でいいから、好きな小説を声に出して読んでみるといい。
ひと月もしないで、見違えるように声が出せるようになっている。

パワーストーンの誘惑
2013年2月4日

最近、町でパワーストーンのブレスレットをした中高年男性をよく見かける。
商店の経営者や、スーツで決めた男性の腕にストーンを見ると、少し不思議な気もする。
時代状況が悪すぎる。
仕事の不安、精神の調和、さらには挑戦の意欲を駆り立てようとしているのかもしれない。
私もいくつか持っている。
おまじない代わりだ。
本当に効力があるかは知らないが、安心感を得るから不思議だ。
最も基本的な石は水晶系とタイガーアイだ。
水晶は浄化作用があり、周りの淀んだ空気を澄んだものにしてくれるという。
2月の誕生石はアメジストだが、これも水晶である。
中国や台湾の金持ちの家にはアメジストのでっかい置物がおかれている事が多い。
タイガーアイは金運や仕事運の石として人気だ。
さて値段であるが、とんでもなく高い値付けを設定している店もあるが、
元々、そんなに高価なものではない。
値段はあってないのが、パワーストーンの世界だ。
何万円も出さなくても、数千円、あるいは数百円で購入できる。

金メダリストの靴職人
2013年1月28日

「ジュピターの英雄」今月のゲストは、靴職人の三村仁司さん。
アスリートの世界ではあまりに有名。
高橋尚子、野口みずき、エゴロア、モタ、みんな三村さんが作ったシューズで金メダルに輝いた。
現代の名工にも選ばれているが、普通は金箔、漆、着物などの伝統工芸や金属加工の匠などが、受賞する。
スポーツシューズ部門では初めての事だ。
黄綬褒章ももらっている。
世界のミムラなのである。
マラソン以外にもイチローやソフトバンクの内川選手、ボクシングの長谷川選手のシューズも作っている。
共通する理念は、疲れないシューズであり、ケガから選手を守るシューズだと言う。
職人魂溢れる面構え。
一級品の人物は顔が違う。
私もシューズを作って欲しいとお願いした。
もし、実現したとしても、恐れ多くて履けないかもしれない。

試験を行う
2013年1月21日

大学で広告コミュニュケーション論を教えている。
半年間、メディアの捉えた日本社会の実相について、講義を重ねてきた。
メディアの話は実態を捉えるのが、難しい。
主観の問題であったり、世論の動向によっても左右され、学問として成立させるのは、
なかなか厄介だ。

半年間、試行錯誤しながら学生たちに教えてきた。その成果を試す時が来た。
試験だ。

果たして、学生たちはいかなる答案を書いてくれるのだろうか。
試験は70分、論述形式で行った。
普段は私語をしたり、落ち着きのない生徒もいるが、試験となれば
みんな真剣な表情でペンを走らせていた。
静寂の光景であり、試験という勝負の場は、やはり大事なのだと思う。
答案はまだ見ていないが、思ったものより、いい内容であって欲しい。
問われるのは学生ではなく、教授の私かも知れない。

八方除けの神様
2013年1月15日

ここ数年は、神奈川の寒川神社に初詣に行っている。
全国で唯一の八方除け専門の神社だ。
人間はあれもこれもと、お願いしたくなるものだが、災厄から家や会社を守る方位の神様だと解釈すればお願いもストレートになる。
自分のベースキャンプを守ってくれることは重要だ。
金運や恋愛運などを望むなら他の神社の方がいいかも知れない。
神様も手いっぱいだろう。
小田急で新宿から海老名まで50分ぐらい。
さらに乗り換えて15分。
途中、車窓から富士山が見えてくる。
お願いを済ませ、御札やお守りを買うと、名物の八福餅を買った。
かなり前から気になっていたのだが、赤福に似た美味しさであった。

新居浜の寿司名人
2013年1月7日

講演会や仕事で地方に行った時の個人的な楽しみが、その土地の寿司屋巡りだ。
日本は海洋王国で、かなりの町が海に面している。
おらが町の魚自慢は尽きない。
魚のうまさは海流で決まると言われ、ぞれぞれの潮の流れの中で、
独自なうまみを持つ魚が育つのだろう。
愛媛県新居浜に、寿司勝という店があった。
寿司屋探しは、ホテルに聞いてはいけない。
経験上あまり、いい店にあたらない。
タクシーの運転手に、客がよく行く店を聞くのが一番確率が高い。
新居浜の場合、地元の会社の所長が頻繁に行くと言う情報を掴んだ。
迷わず直行。
寿司勝は驚愕のうまさだった。
ことに天然ヒラメの握りとエンガワは最高。
塩で頂く。
煮つけもとてもよい。
コの字のカウンターに六席しかない。
それなのに、生簀が調理場にあるのだ。
小さな生簀に、瀬戸の天然魚が泳いでいるのだ。
大将は75歳。
大阪で11年修行したと言う。
地方都市にも、腕のいい職人がいる。

2013年始まりました。
本年もよろしくお願いいたします。

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